2014年05月19日

柄谷行人「遊動論・・・柳田国男と山人」を読む。




 久々の柄谷行人の新作だが、最初雑誌で読んだときなぜ今「柳田国男」なのかがわからなかった。柄谷は本書のあとがきで、いくつかある理由の中で東日本大震災の経験を第一にあげている。実はぼく自身も大震災が起きた時にどういうわけか柳田を読みたいと思ったことがある。なぜかはっきりと意識したわけではないが、日本の社会の大きな変動期を生きた柳田が今回のような大きな地殻変動の時期をどのように見ているかを知りたかったに違いない。それも柳田が持つ独特の文体は、ひょっとすると地殻変動の本当の核を捉えることが出来るのではないかという直観も働いたせいもある。震災後の3年間様々な人が、さまざまなマスコミが震災、及び原発を語ったがことごとく表層に流れてしまい、日本社会の本当の変容を語ることはできなかったからである。

 そういう中で今回柄谷は、柳田が敗戦後、明治以来の日本人を培ってきた価値観の崩壊の中でどのようにその仕事を継続したのか、どのように未来を設計しようとしてきたのか、それよりも何よりも、日本人の生き方をどのように考えていたのかを、おそらく今の日本の状況と重ねながら知りたいと思ったのだろうと推察する。「世界史の構造」のような壮大な歴史を最近の仕事にしている柄谷にしては、極めて珍しく「今」に関係させ論じたのが本書である。

 柄谷はまず柳田の敗戦直前の日記を引用する。

 敗戦の直前に、柳田はこう記した。「八月十一日 土よう 晴れあつし 早朝長岡氏を訪う。不在。後向うから来て時局の迫れる話をきかせられる。夕方又電話あり、いよいよ働かねばなりぬ。」この「働かねばなりぬ」ことには、おそらく、その翌年七月に枢密顧問官に任命されたことがふくまれるだろう。柳田は新憲法の審議に加わったのである。(第一章 戦後の柳田国男 P13〜P14)

 柄谷が引用した柳田の日記の「働かねばなりぬ」という言葉に、少し驚いた。柳田が戦争に対してどのような態度を取っていたかはわからないが、柳田は「反戦」という態度表明はしていないはずだから、この「働かねばなりぬ」はどのように解釈したらよいのだろうか。もし柳田が「反戦」」という態度を鮮明にしていれば、理解可能である。これからの日本をどのようにしたらよいかというモチベーションは戦争中の態度いかんによるからだある。

しかし柳田は公職にこそ就いていないものの、大日本帝国に対して明確に反対していたわけではない。逆説的だがそこに柄谷は、戦前と戦後とを繋ぐ柳田の「可能性の中心」をみる。

 柳田は三度挫折したという。一度目は明治、大正時代の「農本主義」に対して、二度目は敗戦による米軍による「農地改革」であり、そして戦前の植民地政策と同じ流れで米軍の統治が続いた沖縄に対しての挫折である。柳田は一環して次のようなことを考えてきた、と柄谷は云う。それが三度の挫折につながっているというのである。柳田が「非常な飢饉の年に、西美濃の山の中で炭を焼く男が、子供二人を、まさかりで殺した」事件に深い感銘を受けた文章(「山に埋もれたる人生ある事」)を引用して、柄谷は次のように云う。

 これは飢饉によって起こった事件である。しかし、このような事件が起こるのは、飢えた者らが絶望的に孤立しているからだ。柳田の前にはいつも「貧しい農村」という現実があり、それを解決することが彼の終生の課題であった。が、彼にとって「貧しさ」はたんに物質的なものではなかった。農村の貧しさは、むしろ、人と人との関係の貧しさにある。柳田はそれを「孤立貧」と呼んでいた。

 「孤立貧」・・・これこそが柳田が一環して考えてきたことである、と柄谷は柳田を評している。「たんに物質的」な解決であれば多くの政治家や学者が考えてきたことであろう。「貧しさは、むしろ、人と人との関係の貧しさにある。」とは柄谷が柳田を読み込んだ末の結論である。

 「人と人との関係の貧しさにある。」と読み込んだ柄谷のこの言葉に、柳田国男のすべての思想が込められている。今柳田を読む必然はこの言葉にすべて込められていると思う。
( 文春文庫2014年1月20日 発行)


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posted by 阿Q at 18:20| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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