2010年08月12日

大卒就職率60%・・・人が普通に職を持てる社会に

 今日の朝日の投稿欄に「人が普通に職を持てる社会に」と題してさいたま市の方が投稿している。題名の付け方に感心したのだが、よく考えてみると今の社会は人が普通に職を持てない時代なのだ、とちょっと考え込んでしまった。

 実はこの方は8月6日の朝日の一面に載った記事(大卒就職率下げ幅最大)についての投稿だが、ぼくはたまたまそれを読んでいなかったので、あらためて読んでみて大卒就職率が60.8%ということに、この方と同様「衝撃的」に受け取った。

 高校の新卒と合わせると15万人の若者が職に就けなかっという。もう麻痺してしまってのか15万人がそれほど大きい数字だとは直感的に思わなかったが、大卒だけで4割の人が就職しなかった(出来なかった)ことになる。4割の内訳には大学院への進学とかが入っているので額面通りとはいえないが、それにしてもピーク時の80%強からみたら、相当に低い。普通の人が就職が出来ない時代に入ったらしい。

 日本の場合特に新卒一括採用が依然として制度化されているので、余計に就職できなかった人の困難さは想像に難くない。ぼくのように個人主義者でも、この問題に限っては社会で何とかならないかと投稿者と同じ様に思う。大卒といっても20歳そこそこだし、高卒に至っては10代である。若いから、未来があるからというわけではない。何もわからないまま社会に放り出される、しかも浪人を許さない社会で生きていくことの困難さを想像するからだ。

 一方で公務員の天下り問題がある。省庁あげて天下り先を探す制度(?)というのも問題外だが、天下りを規制すると今度は人件費が膨らむという。給料を下げればいいのではないかと単純に思うのだが、この社会はその程度の単純な考えも通用しないらしい。

 恐らく就職できなかった若者からすると、一体何だこれはと思うのに違いない。偉そうなおっさんが就職の面接で若者を選別し高給を貰い、公務員は公務員で天下りで高給を貰うかあるいは定年まで同じ給料で勤められる。どこか変である。社会が社会として機能しているのかいなと思わざるを得ない。

 菅首相は最少不幸社会ということを言っているが、その考えの背景には最低限、スタートラインでの不平等、あるいは不幸にして競争に敗れた人に手を差し伸べるようなセーフティネットの確立があるはずだ。不景気でパイが広げられないならば、せめてこれから社会に出ようとするもの、あるいは個人ではいかんともせぬ問題には優先的に社会が手を差し出すべきである。大きな政府、小さな政府とか、競争が良いとか悪いとかの問題ではない。社会が社会として機能を果たすための最低限のことに政府は責任を持つべきだと言っているのだ。

ちょっとでもなるほどと思ったら、クリックをちょこっと。
       
blogram投票ボタン

人気ブログランキングへ 





 



 
 
posted by 阿Q at 23:54| Comment(1) | TrackBack(1) | 日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
いつも楽しく観ております。
また遊びにきます。
ありがとうございます。
Posted by 履歴書の添え状 at 2010年08月31日 14:20
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

※ブログオーナーが承認したコメントのみ表示されます。

この記事へのトラックバック

役立つブログまとめ(ブログ意見集): 高校、大学などの新卒者の就職を支援 by Good↑or Bad↓
Excerpt: 「高校、大学などの新卒者の就職を支援」に関するブロガーの意見で、みんなの参考になりそうなブログ記事を集めています。自薦による投稿も受け付けているので、オリジナルな意見のブログ記事があったら、どしどし投..
Weblog: 役立つブログまとめ(ブログ意見集)(投稿募集中)by Good↑or Bad↓
Tracked: 2010-08-24 07:25
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。