2010年05月04日

「新しい労働社会」を読む(最終回)

 この書評は最初は1回で終わらそうとしたが、結局5回にもなってしまった。最初に書いた極東ブログでも言っていたが、この本は序章以外は結構読み取ることは難しい。多分重要なことが書かれているのだが、法的な解釈などが織り交ぜて書かれているせいか、専門家でないと理解するのはやはり難しいのではないか、と僕も思う。何とか読み取ろうと何回も呼んだが、今ひとつしっくりとこない。

 それは文章が難しいと言うほかに、ひとつには、最終章の「職場からの産業民主主義の再構築」で述べている「正社員と非正規労働者を包括する公正な労働者組織として企業別組合を再構築することが、現実に可能な唯一の道」という今後の労働社会に対する提案に若干の違和感があるからだ。

 この提案自体は別に問題はない。「正社員と非正規労働者との間で賃金原資の再配分を行わなければならないという点に、現代日本の雇用システムが直面する最大の問題点が存在する」(第4章175ページ)という現状認識は、何度も確認しなければならない重要な指摘であり、そこからの提案は貴重なものだと思う。

 ただ、僕が違和感を持ったというのは、労働組合という組織が著者が考えるほど一般の人が期待しているか、という点である。この本を読むと確かに戦後の労働組合と労働政策が大きく現在の労働社会に影響を与えていることは、よく理解できる。その延長で「公正な労働者組織」を構築するという提案は、よくわかる。だがしかし、である。

 僕はむしろ、序章で述べているような労働をジョブ契約ではなく、メンバーシップ契約に変遷してしまった日本社会の病理(?)、さらにそのメンバーシップ自体が崩壊しつつある一方で、厖大な非正規労働者が生まれているといった構造に迫った方が、労働社会という「社会」を理解出来ると思った。これはしかしながら、この本の範囲を逸脱してしまうのだが。

 この本は、僕のような労働に対してあまり深く考えたことのない人間に、労働政策、労働法、さらにその歴史的な背景などの「現実」を教えてくれた本であることは間違いがない。僕は自由な個人が、各自のジョブにより協同して社会を構成するといった、ユートピアというか、ある意味能天気なイメージを未来の職業に持っているが、そういう能天気な考え方だけでは、何事も起こらないだろうということも教えてくれた貴重な本である。

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posted by 阿Q at 07:16| Comment(0) | TrackBack(0) | 書評 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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