2015年02月10日

憎悪




「イスラム国」の日本の民間人及びヨルダンの空軍パイロット殺害のニュースは、まさに恐怖としか言いようがない。まるで中世を思わすような殺害は、世界の歴史が後戻りをしているのではないかという錯覚まで起こしたが、同時に思ったのが2001年9月11日の同時多発テロでもあった。14年の前の事件だが、一気にあの時の状況に戻ってしまったような気がする。あの時米国人が思ったであろう恐怖と、これから先の日本人が遭遇するかも知れない事件に対する不安が相まって、何とも云えない気分が続いている。

 さらに気が滅入るのは、日本政府のまるで国家同士の戦争のように「イスラム国」と対峙するような表明や行動である。明らかに「イスラム国」のやったことは犯罪でありそれに対決するのは当然だが、犯罪は犯罪である。アメリカやフランスのように空爆している国と同じような行動や態度をとるべきではない。日本政府はまるで、アメリカやイギリス、フランスのようなもともと中東に「負の遺産」がある国々と同じように、国家対国家が対峙するような態度を表明すべきではないはずだ。さすがに2001年の当時のブッシュ大統領のような「これは戦争である。犯罪ではなく戦争である。」と宣言して、イラクやアフガニスタンに戦争を仕掛けるような世論を煽るまでには至っていないが、自衛隊を派遣するなどの話が出始めるのを聞くと、何やら裏のことを勘ぐってしまう。

 それにしても今回の事件は、2001年から世界がはほとんど変わっていないことを鮮明に示してくれた。同時多発テロからアメリカは「テロの撲滅」を宣言してイラク、アフガンの戦争に突入したが、それは結局中東の混乱を招いただけであったし、あろうことか「イスラム国」のような怪物を生んでしまった。それは戦争に入る前から危惧されたことだが、結局あの時の「熱狂」が「憎悪」が、理性を上回ったからだろう。

 理性とは何か。それは一つは中東の歴史を世界がどこまで理解できるかである。今回の事件に先立ってフランスで雑誌社が襲われたテロがあったが、その時の同時テロでユダヤ人が襲われた。ヨーロッパでユダヤ人が襲われたと聞いて、ヒットラーのユダヤ人迫害以来、まだ変わっていないのかと思ったが、襲撃したのはイスラム過激派(イスラム国の関係とみられている)である。ヨーロッパのユダヤ人迫害がまわり回って、またヨーロッパに戻ってきたのである。周知のように、ヨーロッパのユダヤ人迫害の歴史がナチスのユダヤ人虐殺に至り、その歴史からイスラエル建国が始まりパレスチナのアラブ人との抗争になったのである。フランスでのイスラム過激派によるユダヤ人襲撃は、いわばユダヤ人問題を中東に転嫁してしまったヨーロッパに対する復讐だとも捉えることが出来る。

 「イスラム国」の激しいヨーロッパに対する憎しみに驚いたが、恐らくこのような歴史が背景にあるのだろう。国内に有力なユダヤ人がいるアメリカも同じである。憎悪は憎悪を生む。それを止めるのは理性しかない。イラクやアフガンの轍を生まないためにも憎悪を理性に変えることだと思う。それは中東の歴史を、ひいてはヨーロッパの現代史をもう一度考えることしか始まらないだろう。少なくとも中東に対して好感を持っていた歴史(戦前の大川周明などの右翼は欧州に対峙してイスラムに好意を持っていた、また竹内好なども戦前回教研究所に勤務していた)を持つ日本は、中東に対して冷静に考える素地は十分にある。 

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posted by 阿Q at 21:56| Comment(0) | TrackBack(0) | 政治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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